rkotaの日記

一ヶ月に一回のペースで更新していきます

LIFE of Robinson Kota

 こんにちは😃

 

 rkota と申します。

 

 今回は、僕が9年間やってきた野球部のお話をしていこうと思います。

 

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 僕は、小・中・高と9年間野球をしてきました。

 

 僕の通っていた小学校は田舎だったので、男子が入る部活は野球部・女子が入る部活はバレー部しかありませんでした。


 なので部活に入るとなったら、必然的に野球部に入るしかなかったのです。

 

 では今から、小・中・高それぞれで起きたエピソードについて語っていこうと思います。

 

 

 小学校でのエピソードは、「ワイ君サヨナラヒット事件」です。

 

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 僕は6年生の時も全く打てなかったのですが、当時守っていたセカンドの守備力とバントなどの小技を活かした立ち回りで「2番セカンド」として使っていただきました。

 

 1番バッターが出塁すると、バントや進塁打を打つのは当然で、仮にランナーがいない場合でも打ちに行くと凡打で終わる結果は目に見えてますから、セーフティーバントをよく仕掛けていました。

 

 そんな僕だったので、僕に打てるイメージは自他共に皆無でした。

 

 しかし夏の大会で事件は待ってました。

 

 最終回、1-1の同点、ランナー満塁、2アウト。

 

 ドラマのような展開で僕に打席が回ってきました。

 

 相手は右投げのサイドスロー

 

 僕は左バッターであるため、相手の手元が見やすいため相性は悪くないです

 

 2-2からの4球目を思い切りシバきました

 

 すると打球は左中間へ

 

 僕は無意識にガッツポーズしてました

 

 その夜は家族と少し高めの寿司を食べに行きました

 

 

 

 次に中学生の頃のエピソードを話していこうと思います。

 

 「ワイ君スリーベースヒット事件」です

 

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 僕の中学校は小学校同様、田舎にあった関係で男子が入る部活は野球部しかなく、そのためクラスの運動自慢は野球部に入る構造でした。

 

 そのため、僕の野球部は地元でもそこそこの強豪校として知られていました。

 

 幸運なことに僕が最上級生となった3年生の時に全道大会に出場することができました。

 

 僕は小学校の頃と相変わらず、あまりバッティングでは期待されていませんでした。

 

 僕自身もショートをポジっていたため、どちらかというと守備に重きを置いており、また守備の方が楽しかったです。

 

 しかし初戦、僕は1番バッターだったのですが、振り抜いた打球はセンターの遥か頭上へ

 

 センターオーバーのスリーベースヒットを打つことができました。

 

 負けはしましたが、僕個人にとっては、とても思い出に残る試合となりました。

 

 

 次に高校生の頃のエピソードを話していこうと思います。

 

 「ワイ君ロビンソン事件」です

 

 ここでようやくタイトル回収です。

 

 まず、MLBにロビンソン・カノという選手がいます。

 

 彼は通算安打数が3000本を超えており、ヤンキース時代にはワールドチャンピオンにも輝いた実績の持ち主です。

 

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 端的に言うと、僕は彼に憧れており、彼がなす行動や言動を真似ていました。

 

 彼に関する動画を見ていただければお分かりの通り、彼はダルそうにプレーします。

 

 スロープレイで見ると一つ一つの動作が丁寧なのが確認できるのですが、その動きが滑らかすぎて、ぱっと見テキトーにやってるように見えます。

 

 僕は厨二病なので、高校球児のようにキビキビした態度に対して彼のようなゆったりプレーを真似た逆張りプレーをしたくなったのです。

 

 日本、特に日本の高校野球では連帯性を強く求められますから、当然僕は監督に煙たがられます。

 

 なので僕は3年間を通して、ほとんどの期間をBチーム(いわゆる2軍)で過ごしてきました。

 

 更に、Bチームでも練習試合などでの出場機会は全く恵まれませんでした。

 

 まぁ僕に実力がないのはありますが、それにしたって僕の学年で露骨に僕だけ出さないのもザラでしたから、おかしな話です。

 

 むしろここまで来ると、逆に怖いものがなくなるというか、レギュラーのように失うものはありませんから、チームのスタイルに合わせるのではなく、好きなように打って、好きなように守ってました。

 

 練習のメニューの一つに「L字バッティング」というものがありました。これはL字型の網をピッチャーの前に置き、ピッチャーが打ちやすいボールを投げてそれをバッターが打つというものです。

 

 監督が「今日は右方向意識な」「ゴロを転がせ」など、課題を与えてくるのですが僕はフル無視。

 

 どうせ試合に出られないのなら気持ちよく打ってしまえ!という理論のもと、バッティングセンター感覚で打ってました。

 

 これをrkota 理論と言います。

 

 僕は悪くありません。

 

 理不尽な対応を初期からされてきたので、学習性無力感に襲われたのであり、最初から正当な評価が下されれば、僕は監督の期待に応えようと努力したと思います。

 

 おそらく僕だけに限らず、日の目を見ない多くの高校球児たちが同じ悩みを抱えていることでしょう。

 そういう時はポッカキットを見ます。

 

 世界中の不幸がそこには集結しています。

 

 たかが平和島で野球の試合に出れないだけなのは、それだけちっぽけな悩みかを思い知らされます。

 

 それで僕は心の安定を保っています。

 

 以上が高校時代のエピソードです。

 

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 野球部ライフの総括としては、やっているうちは苦しいことばかりでしたが、振り返ってみると人生の良い暇つぶしになったので良かったです。

 

 

 僕の人生の価値観は、「出来るだけ長く生きる」ということです。

 

 昔の人は、人生50年が当たり前でした。

 

 医療の進歩もありますが、寿命が延びた一つの要因として文化の多様化が挙げられると思います。

 

 今ではスマホ一つでなんでもできます。YouTube見たり、5ch見たり、クラロワしたり…etc

 

 しかしコロナの自粛期間で気付きました

 

 ダラダラしすぎても飽きてくると

 

 皆仕事や学校をダルイとよく思いますが、それらも今になっては立派な暇つぶしになっていると

 

 全てにおいて、「人生は暇つぶし」のスタイルで取り掛かると案外気が楽になります

 

 よく、起業家の人が「人生は限られている、無駄なことは切り捨てろ!」と言いますが、優秀な人はそれでいいと思います。

 

 僕の場合、生まれてきて「使命」や「やりたいこと・成し遂げたいこと」を強気感じたことはないです。

 

 全てが行き当たりばったりの人生だったので、いつでもその時を楽しむ感覚で生きてます。

 

 これからもその感覚で生きていくつもりです。

 

 ではまた!